まさか自分が恋をするなど、斎藤一は夢にも思っていなかった。

もともと人付き合いがいい方ではないし、女に特別興味があるほうでもない。

周りの人間が色恋に騒ぐ様を別の世界の出来事のように見ていたぐらいだ。

だから ――





「・・・・ん、斎藤さん!」

「っ、」

急に耳に入った声に、斎藤はハッとした。

見れば、先ほど前で庭に盥を置いて洗濯に精を出していた桜庭鈴花が意外そうな顔で見下ろしている。

「どうしたんですか?斎藤さんがぼーっとするなんて珍しいですね。」

「別にぼーっとしていたわけじゃない。」

「でも手入れの手、止まってましたよ?」

言われてみればしようとしていた刀の手入れが中途半端な状態で止まっていた。

なんとなくバツが悪くなって斎藤は気持ち早口に弁明する。

「ぼーっとしていたわけじゃない。考え事をしていただけだ。」

「・・・・それをぼーっとしていたと言うような・・・・」

「何か言ったか。」

「い、いえ。なんでも。」

半ば無理矢理気迫で黙らせると、鈴花は少々不満そうにしながらも斎藤の座る縁側に腰掛けた。

初夏の暑くなり始めた日差しの合間を気持ちの良い風が吹き抜ける。

鈴花は干した洗濯物がその風を受けて揺れるのを機嫌良さそうに眺めた。

その横顔を斎藤は何となく眺める。

けして美人というわけではない。

会津生まれのせいか肌は白いが、女だてらに新選組に籍を置き刀を振るう彼女の面差しには普通の女にはない気の強さがにじみ出ている。

それはきっと市井で好まれるようなものではないだろう。

けれど。

「―― 桜庭」

「なんですか?斎藤さん。」

振り返って呼ばれた名に ―― 心の臓がことん、と鳴った。

それは斎藤が今まで感じた事のない感情だった。

気骨も度胸もあるが先走りやすい鈴花は、少々心配な部下だったからつい目で探してしまうのは自然な事だと思っていた。

しかしそれが他の人間と鈴花では違うのだ、と知らしめたのが、名を呼ばれた時だ。

「桜庭。」

「?だから、なんですか?斎藤さん。」

とく、とく、と。

鈴花に名を呼ばれるたびに、鼓動が訴える。

他の誰に呼ばれてもこんな風にはならないのだ、と。

鈴花だけが・・・・特別なのだ、と。

「本当にどうかしたんですか?今日はなんだか変ですよ?」

何度も名前だけ呼んだせいか、怪訝そうを通り越してむしろ心配そうに覗きこんでくる鈴花に、斎藤は口元だけで笑った。

「なんでもない。・・・・ただ、世の中、わからぬものだと思っただけだ。」

「え?なんですか、それ。」

聞き返してくる鈴花に答えは返さず、斎藤は中断していた刀の手入れを再開する。

―― 自分が恋をするなど、夢にも思っていなかった。

でも、もう気づいている。

「すごく気になるんですけど!斎藤さん!!」

鈴花の声が自分を呼ぶ。

呼べば呼ぶほど深みにはまっていると、きっと鈴花は気づいてもいないだろう。

初夏の日差しにきらりと輝く刀身に、物言いたげな鈴花の姿を映して、斎藤は思ったのだった。





―― 夢にも思っていなかったけれど、これが恋なら、悪くない、と。











(斎藤さんは初めてでも本能で恋と悟ると思います・笑)